2007年4月16日 (月)

新シルクロード

Silk_c NHKで『新シルクロード』が始まった。前日まで、約20年前の『NHK特集 シルクロード』(全18回)が深夜に放送されていたので、ビデオにとってひたすら見ている。『新シルクロード』は本屋で雑誌を立ち読みしたから、どういう内容なのか分かっているつもり。

昨日見た『新シルクロード』の映像はとても色鮮やかで、その土地土地に伝えられている歌が随所に流れる。こういう機会でなくては、土地の人しか知らないような歌を聴くことができないので非常に興味深い。『シルクロード』は砂漠の映像が多くて、わくわくした。『新シルクロード』ではどんなわくわくが目の前に現れるのか、とても楽しみ。

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2006年11月 1日 (水)

世界ふれあい街歩き

050719marrakech_head

「家のペンキはいつも自分たちで塗りなおすんですか?」

土地の人とのやりとりを楽しみつつ、街中を歩いて、様々な発見をするのは旅の楽しみの一つだと思う。

番組の中で街の人たちは笑顔で気楽に質問に答えてくれる。自分たちが生活している街の成り立ちや文化を知ってもらいたい。時にはそんな素直で穏やかな気持ちにあふれている。

土地の人の笑顔を見ていると、ほっとするし、自分も訪れた先の人たちと会話を楽しむ旅をしたくなる。

***

NHK総合11月2日(木)(水曜日深夜) 午前0:00~
マラケシュ~モロッコ~

テーマ曲も秀逸

世界ふれあい街歩き

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2006年10月 9日 (月)

旅物語26 値切りすぎにご用心(モロッコ・タフロウト)

Imgp0931 2006年1月4日。夕べ、旅行代理店のおっちゃんと砂漠ツアーの価格交渉を行なった。《以下の記述は情報込み》ふたりで6600DH、1人3300DH(約42900円)と持ちかけられたが、そんなの無理。明日までにあと2人集めて1人2000DH(約26000円)でどうだ、という話だったが、それでも相場より高めではないか? 緊迫した空気の中、交渉は決裂した。

ツアーの内容は、2泊3日でタズカ遺跡のような壁画がたくさんある別の遺跡でガイドブックには載っていない場所、オアシスなどを巡ってアンチ・アトラスの途中でピクニック(スタッフが料理を作ってくれる)。1泊目はタタ(砂漠のど真ん中の町)に宿泊し、2日目はアルジェリアとの国境付近の町イリキに寄り、サハラ砂漠に入る。2泊目はシェガガ砂丘のホテル(テント)に泊まり、マアミド、ザゴラをぬけて、ワルザザードへ到着するというものだ。

このツアーの利点は、出発地と到着地が同じではなく、移動を兼ねるので旅程を稼げる点にある。だから、ちょい高めなのかもしれないけれど。

今日、ばったり例のおじさんと2回会った。何事もなかったかのように笑顔で

「いくらなら行く?」

と聞かれた。ふたりで相談して

「1500DH(約19500円)なら行く」

と2回とも答える。

「そうか。わかった。また話をしたいからPM4:30までに戻ってきてくれ」

と笑顔で2回目に言った。昨日のあの真剣さは何だったんだ?

Imgp0934 しかも、山の上の高級ホテルからは眺めがいいと敷地への入り方を教えてくれた。宿泊していなくても大丈夫なんだそうだ。→はホテル敷地内のプール。

もし砂漠ツアーに参加しなかったら、夜行バスでフェズに行くつもりだったので、チケットを購入して代理店へ向かった。時間に行ってもおじさんはいない。スタッフに、オーナーと約束している。バスの出立時間はPM5:30と伝えると、あわてて呼びに行った。

Imgp0936 おじさんは店に戻ってきたが、他の旅行客と話し始めて、いっこうに私たちと話そうとしない。バスの出発時間が近づいたので、荷物を背負ってバスターミナルに向かった。

「砂漠ツアーに参加したかったのに」

本当にこのままここを離れるのか? 今こうして目の前のバスへ乗ろうとしているのに、まだ信じられない。現実なのに、夢の中のできごとみたい。すると、スタッフに引き止められた。あとからおじさんもバイクの後ろに乗って追いかけてきている。

Imgp0935 「OK! OK!」

「でも、もうバスが出るし」

「いいから店で話そう!」

もしかして私たち参加できる? 店に戻り、1500DHで交渉成立。おじさんは残念そうな顔。旅程について詳しく紙に書いてくれた。

「私たち、砂漠ツアーに参加できるんだー!」

うれしくて2人で大喜びした。明日の朝、ベネツィア在住のイタリア人夫婦と、出発することになった。用意するのは水とおやつのみ。あとはすべて料金に含まれているとの話だった。

Dsc01113 砂漠ツアーに参加できるのはうれしい。タフロウト名物の「アーモンドタジン」をおいしく食べて、レコード屋でこっちの音楽を聞き、売店でプリンを買い食いして(ちなみにこの売店では板チョコがバラ売りされていた)、明日を楽しみに宿に戻った。

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2006年9月30日 (土)

旅物語25 マラケシュの夢(モロッコ・マラケシュ)

Dsc01019 CDに入っている写真を見ていたらマラケシュ未掲載分があったので、のせます。

これは、旧市街のムアサン・モスクの脇に作られた「ムアサンの泉」です。







Dsc01018一部を拡大したもの。








Dsc01020 そこから視点を右にずらすと←の光景になります。







Imgp0668 「マラケシュ博物館」の壁面。もともと宮殿だっただけに意匠がこらされていて豪華。







Imgp0687 「ベン・ユーセフ・マドラサ」の内部。精巧で精緻。これを作り上げるのに、何年かかったんだろうか。









Imgp0698壁面の拡大写真。








Imgp0696 いつ見てもいいなぁ。再び、友人と訪れたい場所のひとつ。また行こうね。>Mちゃん

その前にまたモロッコ料理のお店に行こう。

某アラビア料理店はピタパンが明らかに日本製のものと分かる竹のざるにのっかって出てくるから、盛り下がるのさー。

あそこはいろんな面でちゃんとしているから、モロッコらしさを楽しめる☆

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2006年9月16日 (土)

旅物語24 ガゼルと湧き水とヤマアラシの毛皮(モロッコ・タフロウト)

Imgp0924_3 2006年1月3日。アンチ・アトラスを越えてタフロウトへ到着する。上下左右にぐわんぐわんゆれるバスからやっと開放された。ちなみに、前足、後ろ足を縛られて荷物と一緒にバスの下に入れられていた羊も無事だった様子。

「景色、良かったよー」
「うん、そうだろうと思う。酔い止めが効かないくらいのゆれだったよ」

部屋をとったホテルの裏にある涸れ川で羊が売られていた。あとになって知るのだが、犠牲祭が近いためだ。

町をめぐって、ある旅行代理店に入る。タフロウトでは見所がそれぞれ離れているため、ガイドを雇う予定だった。ここで話がまとまり、ガイド兼ドライバー+4駆でまわることになった。

Dsc01098 最初に訪れたのが「タズカ遺跡」だ。2000年前に彫られたガゼルの壁画。近づいてみると、本当に色の薄い部分がくぼんでいる(当たり前だけど)。しかし、1、2ミリのくぼみしかないのに、よく2000年も形をとどめていたな、と思う。もしかしたら、これが残っている最後のひとつなのかもしれない。




Imgp0910 次は、アディ村へ行く。ここは、岩山のふもとから中腹に作られたベルベル人の村だ。岩と岩の間に人が住み、時には建材代わりに使い、それこそ岩と共存している。

最初の人たちは、なぜこんな岩ばかりのところに住もうと思ったんだろうか。土の部分を畑として利用したら、ここに住むしかなかったからなんだろうか。だとしたら厳しい生活だ。でも、もしかしたら他の理由があったのかもしれない。

ガイドにこのことについて質問したかったが、なにせ自分の語学力が足りない。う~ん、英語って大事。

Dsc01101大きな岩の上に建てられた家。









Imgp0917最後にアメルン渓谷へ向かう。写真は途中で車をとめてもらって撮ったもの。この木はアルガンツリーで、ここの特産物。車中からカメラをかまえると、気がついて車をとめてくれる。

車をおり、見学するベルベル人の民家まで歩いた。途中、オリーブ畑をぬけ、湧き水でのどを潤す。おいしい水だった。

Dsc01111 ベルベル人の民家に着いた。ちょうど担当のお兄さんが民家での暮らしについて説明をしているところだった。右は小麦粉をひくうすで2人で使用するものだそうだ。入り口のすぐ脇にある。1人でまわすには重いうすだった。

その奥は家畜の部屋だ。家畜を1階に置くことにより、体温を利用して、上階の暖房としているそうだ。2階にあがると穀物を保存する部屋と台所がある。台所で出た生ゴミは床の穴に捨てる。すると、ゴミはそのまま家畜のえさになる。うまい具合に循環している。

Imgp0921 さらに上がると家族が生活をする部屋がある。

テラスに出ると、ヤマアラシの毛皮があった。中身はどこへ?! 食べたのかな? 驚いてまた写真を撮り忘れた。

戻ると、砂漠ツアーに勧誘された。ここから代理店のおじさんとのあついバトルが始まるのだが、その話は次回『値切りすぎにご用心』に続く。

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2006年9月10日 (日)

オマーン産デーツ

Dsc01516 なつかしい味でした。が、これは干し柿とプルーンの中間のような味。もっと乾燥させたより干し柿に近いものが好みなので、しばらく天日干しをしてからまた食べます。

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2006年9月 8日 (金)

アフリカン・フェアの収穫物

Dsc01487 まずはフードコートで腹ごしらえです。モロッコのミントティーとラクダのハンバーグ。モロッコで食べたいと思いながらとうとう食べられなかったラクダ肉は独特のクセがあっておいしかったです。






Dsc01489 お次はベリーダンスのショーへ。ジャンベの音を聞いていたらモロッコを思い出しました。

アフリカン・マーケットでは、ガーナ・ブースでかるく「アラブ式商談」を楽しみつつ、チョコレートを購入。モロッコの品物を扱うお店でミドル丈の赤いチュニックも買いました。店員に「普段着ですか?」と聞かれ、家族には「派手だ」と言われましたが、実のところどうなんでしょう?今度、人に会うときに着ていって感想を聞いてみようと思います。

Dsc01490 国別展示コーナーで試食・試飲を楽しみつつ、パネルの写真も撮らせてもらいました。左はモロッコブースにいた少女です。





Dsc01495 こちらはジブチのものです。こういう風にヘンナをほどこす地域もあるんだな、と思いました。









Dsc01497 こちらもジブチ、アッサル湖のポスターです。

他にここでジブチの風景を見ることができます。

ジブチ共和国

バオバブジュースやガボンのコーヒーなど珍しいものがたくさんありました。ガボンのコーヒーは苦味がなく、飲みやすかったです。バオバブジュースは展示のみでした。エジプトのゴマペーストもおいしかったし、もっと日本でもアフリカの食品が楽しめるようになってほしいと思いました。




++

《結論》
着たけりゃ着ればいい。

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2006年8月28日 (月)

旅物語23 シルバーの町(モロッコ・ティズニット)

Imgp0885 2006年1月2日。ティズニットの町はきれいだ。大通りは整備され、歩道にはピンク色の石が敷き詰められている。ゴミも落ちていないし、物乞いも見かけない(写真は大通りから外れた場所)。

特に観光産業が発達しているようには見えないが、ここは何で生計を立てているのか?

Dsc01091_1 例によって例のごとく、20歳前後の青年2人に声をかけられた。しばらく話をしていると、家族でシルバーアクセサリーの店をやっていると言う。「店に来ないか?」

(いや、別にアクセをほしくはないんだけど)と思いつつも、暇なのでついて行った。この頃になるといろいろ余裕が出てくる。しかし、向こうから話しかけられる時は、たいてい商売がらみだ。

店の前には4駆をふた周り大きくしたような車が止まっていた。フランスから買い付けに来たそうだ。じゅうたんやアクセなどを満載している。時々見かける荷物を積んだ外国ナンバーの大きな車はそういう目的があったのか。

Dsc01092店内に入ると、カーテンで仕切られた一角に通された。中には、彼のおじいさんという人がいた。

「家族で使う貴重な品を特別にお分けしましょう」

そう言って、別の箱から指輪やネックレス、ペーパーナイフなどを取り出して見せてくれた。他の大部分は砂漠を渡りマリで交易した品だそうだ。このおじいさんの風貌がすごかった。このページ上から2枚目の写真の人と同じような顔をしていた。いかにも厳しい環境を潜り抜けてきました風の人。初めてのアラブ式商談(値段を相談しながら決める)をこの人とやるのはかなりの冒険だ。私たちに対してびっくりするくらい低姿勢で、買わないと分かるとあっさりひいてくれた。後になって2人でこの人のことを話す時は「サハラの商人」と呼んだ。

Imgp0898店を出て、青年2人のうち1人とまたいろいろと話す。私が「胃が痛い」というとカモミールが効くということで、香辛料店へ案内してくれた。カモミールを一つまみ、水と一緒に飲むと良いということだった。

3人でカフェでミントティーを飲んでいると、自分の体より大きい荷物を背負ったおばあさんが目の前を歩いている。青年はグラスをお店の人からもらうと、ポットからミントティーを注ぎ、おばあさんに渡した。おばあさんはそれを飲むとまた歩いていった。青年に話を聞くと、おととい、私たちが訪れたアグルー海岸より遠い場所から徒歩でやってきたそうだ。あの大きい荷物を担いで、少なくとも1時間以上は歩いているはず。

Imgp0899「気に入ったものがあったら、どうぞお手にとって、お試しください。写真も自由にお撮りください」

写真は他のシルバー製造販売店内部のもの。加工現場を見せてくれて、上記の営業トークがある。

ティズニットは「ティズニット・シルバー」が有名で、純度80%以上のものである。「スターリング・シルバー(純度92.5%)」と言っても、分からない、という顔をされる。ジュエリースーク以外にもあちこちにシルバー製品を販売する店がある。観光資源がほとんどないから、何もやりようがないということもあるだろうが、その代わりにこの町はシルバーで潤っているように思った。あるいは、シルバーがあるから観光資源の発掘を行なわなかったのかもしれない。シルバー製品を製造販売し、他の産業もその恩恵にあずかることで生活の基盤が安定しているから、物乞いもいないし、必要以上に子どもを働かせる必要がないのだろう。だから、子どもたちは無邪気な澄んだ眼差しでいられるのだろう。

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2006年8月27日 (日)

旅物語22 サボテンの実(モロッコ・ティズニット)

Imgp0846 2006年1月1日。イスラム教国なので、新年を祝う様子はない。そもそも暦が違うから。

「ボンジュール。サヴァ。(こんにちは。元気?)」
「ボンジュール。サヴァ。(こんにちは。元気だよ)」

そんなやり取りをここの子どもたちとどのくらい繰り返しただろう?とにかくよく声をかけられた。

Dsc01077 街中をうろうろしていると、モスクの裏庭と思われるスペースに続く扉が少し開いているのを見つけた。のぞいてみると実のついているサボテンが植わっている。

「ここに入っても大丈夫かな?」
「何か入ったらまずそうだよね。」

と話していると、後ろから土地の大学生に話しかけられた。聞いてみると、入ってはいけない場所だと言う。(やっぱり)。それでも中を見ていると、「いいよ」と言って、一緒に入ってくれた。

「このサボテンの実は食べられるの?」
「赤いのは食べられない。緑色のものなら食べられるけど」

Dsc01078 モロッコにきたらサボテンの実を食べることも楽しみにしていたのだが、時期が外れているので、不可能ということは分かっていた。でもあきらめきれず、機会があるごとに尋ねていたが、無理なものは無理なのだ。でも食べたい。。。

モスクから女性が現れた。学生となにやら話している。すると、中に招かれた。12畳強くらいの天井の高い部屋で、壁には装飾的なアラビア文字がかかっている。そこに女性が7、8人と小さい男の子が1人いた。アラビアパンとミントティーを出してくれた。

この部屋は、モスクに属する部屋で身内に不幸があったから女性だけで夕べからここにいるということだった。モロッコ人の女性とも話をしてみたいと思っていたが、いざ話せるチャンスがやってくると何を聞いていいものやら分からなくなる。

Dsc01079 学生が、モロッコの言語体系について説明をしてくれた。モロッコには8種類の言語があり、サハラウィ(西サハラ遊牧民)でひとつの言語を持ち(と言っても更に枝分かれするらしい)、ベルベル人、リフ山脈のあたりにひとつ(メモにはTARIFITEとある)、TAMAZIRTEにひとつ、ビッグ・アトラスにひとつ、アラビア語は3種類あるらしい。

30分ほど、お邪魔して外に出た。写真はミナレット(モスクに付属する高い塔)。

こうして考えると、普段の生活にも増して、偶然と人々の親切に助けていただいている。深謝です。

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2006年8月22日 (火)

旅物語21 天と地がつながるとき(モロッコ・ティズニット)

Dsc01067 2005年12月31日。朝8時台の長距離バスに乗るため、早起きし、相乗り馬車でバスターミナルへ移動した。ターミナルでバスを待っていると、20代前半と思われる日本人男性に会った。彼はスペインからモロッコに入り2ヶ月かけてまわる予定だと言う。タルーダントへ行くため、一足先に出て行った。何事にも好奇心旺盛という感じで、きらきらした目をしていた。

Imgp0851 町を出ると大地に根ざした木々とどこまでも続く空が見える。さえぎるものがない広い空は、開放的な気持ちにさせてくれる。アガディールに到着した。ここで、グランタクシーに乗り換える。同じ方向へ行くほかのお客と相乗りし、運転手を含めて7人が乗った。ぎゅうぎゅう詰めで苦しい。



Dsc01080 ティズニットに着き、ホテルを探す。広場を歩いていると、男性に話しかけられた。私たちが着いたばかりと知ると、「おじがホテルを経営しているのでそこに泊まらないか」と言う。でも、そういう話にはのらない方が無難だ。「もう泊まるホテルを決めてあるから」と言ったが、しつこい。相手と話しつつ、ホテルを探すが見つからない。他のホテルにあたったが部屋に窓がなかったり、温水シャワーがなかったりしたので断念。結局、この人のおじさんのホテルに泊まることにした。写真は宿泊した部屋のもの。部屋はきれいだし、温水シャワーもちゃんと熱いお湯が出たのでよかった。

宿泊手続きをしながら、このお兄さんといろいろ話す。「これからアグルー海岸へ日の入りを見に行く」と言うと、「タクシーよりもバスが出ているからそっちの方がいい。安いし」と言う。ガイドブックにはタクシーでの行き方しか載っていないので、助かった。

Imgp0878Imgp0879Imgp0861海岸へ行くと、ちょうど日暮れ時だった。波がひいて海水を含んだ幅の広い砂浜に空の色が映っている。あまりにも幻想的な光景にじっと見入った。こんなに美しい眺めを今まで見たことがない。自分の足元に空と同じ色がまったく同じようにある。地球に抱かれるとはこういうことを言うんじゃないだろうか。ここは砂漠と同じくらい、深い印象が残っている場所だ。


帰りのバスに子どもたちが10人ほど同乗していた。子どもたちは声を合わせて歌を歌っていた。本当に子どもらしい無邪気な澄んだ目で、楽しそうに大合唱している。聞いていると涙が出てきそうになった。彼らの写真を撮りたかったが、この雰囲気を壊してしまうのが嫌で撮らなかった。

(モロッコにまた来たらティズニットに必ず寄ろう)。そう思った。

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2006年8月19日 (土)

アフリカン・フェア

Baobabu_two 9月2日(土)-4日(月)に有明で「アフリカン・フェア」(主催:経産省、ジェトロ)があります。

モロッコブースでは、アルガンオイル、石鹸、アクセ、革製品などが販売されるようですし、アルジェリアのデーツも気になります。マダガスカルでは、フォワグラ、ワニ革製品、コブウシ角製品もでるみたい。

マダガスカルのフォワグラってどんなだろう?フランスの代表的な食べ物と思ってたんだけど、以前フランスの植民地だったし、現在フランス語が公用語のひとつだから、名残が残っているのかも。写真はマダガスカルにあるバオバブの木。

また、4日(月)にはモロッコの民族楽器の調べとベリーダンスが披露されるそうです。

アフリカン・フェア

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2006年8月 5日 (土)

旅物語20 モロカン・アート(モロッコ・エッサウィラ)

Imgp0825Expo_works








2005年12月29日。アートの街、エッサウィラに着く。画廊がいくつかあり、モロッコ人画家の作品を楽しめる。作品は力強く、いい意味で単純。鷹揚さが内包されている。一方で、非常にポップなものもあり、鮮やかでにごりのない色使いがおもしろい。写真は、そのひとつであるエクスポの外観とそこで扱われている作品。

Dsc01045 お昼の時間になったので、カニをめざして、お店を探す。エッサウィラでは低価格でカニの丸焼きがおなかいっぱい食べられると、すでにここを旅した日本人から聞いており、楽しみにしていたからだ。港の方へ行くと、広場を囲むように魚介類を焼いて出してくれるお店が並んでいる。客引きがしつこくなく魚介類の種類が豊富なお店で価格交渉をし、納得できたお店を選んだ。

丸々太ったカニを選び、他に魚を1、2種類注文する。2人でわくわくしながら待った。エッサウィラを訪れた理由のひとつはカニなのだ。

Imgp0752しかし、焼きあがり、テーブルに出されたカニは、ミソが取り除かれていた。こっちの人は食べないんだろう。カニ味噌が食べられることを、楽しみにしていた。しかし、日本人が好むからといってモロッコ人も食べる訳ではない。日本で当たり前のことを外国での出来事に当てはめないようにしていたが、好きなカニが食べられるということで舞い上がり、この考えはすっぽりぬけ落ちていた。

Imgp0760

昼食後、気を取り直して、街中を歩き回る。外国人観光客が多い。(そうか、今は年末なんだ)。旅をしていると、日付はただの記号となり、クリスマスとか元旦とか、時計の日付を見て昼頃やっと気がつく。




Imgp0765 珍しくクロワッサンをおいているパン屋があった。バターの香りが店外までただよっている。観光客が列を成していた。久しぶりにかぐ焼けるパンとバターのにおい。

外国人女性がモロッコのオリーブオイルやピーナツオイルなどをおしゃれなボトルに詰めて販売しているお店があった。ここだけ欧米の雰囲気だ。お菓子も、日本でも売られているものと同じように、透明で厚手の袋に入れられ、かわいらしくリボンがかけてあった。いろいろな場所でいろいろなことをやっている人がいる。

Dsc01047 いい感じの服屋があったので入ってみる。店主(店員?)はモロッコ人の若い女性だった。おしゃれな感じのバックや靴、服が並んでいる。見かけないデザインのワンピースのようなものがあり、(日本でも着られそう)と思って、手に取ったら、インド製だった。この服ははるばるインドからやってきたのか。


Imgp0777 夕飯に魚のタジンを食べ、夜の海へ行く。街路灯の明かりの下、浜辺で子どもたちがサッカーをしていた。モロッコでは、危険だから夕方5時以降はホテルから出てはいけない、と、何かで読んだけれど、そんなことはない。夜でもこっちの女性たちも出歩いている。旅行者として注意すべき点はあるけれど。


気持ちのいい夜の海。歩いていたら、サッカーボールが足元へ転がってきたので、子どもたちにけり返した。笑顔で受け、ボールの奪い合いに戻っていった。彼らはサッカーに夢中になっている。無邪気な子どもたちの顔を見るとほっとする。

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2006年7月24日 (月)

チベット砂曼荼羅ライブパフォーマンス

Butter_2Butter2_2  今回、バター彫刻は日本で初めての制作だそうです。

写真は着色したバターで作成した直径約20cmのバター彫刻です。インドからいらっしゃったギュト寺院のお坊様が作られていました。

チベット砂曼荼羅ライブパフォーマンス

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2006年7月15日 (土)

旅物語19 マックとすし屋(モロッコ・マラケシュ)

Imgp0721 2005年12月28日。この日のお昼はマックでアラビアンサンドを食べた。長細いパンにハンバーグが2個ならんで挟まっていた(気がする)。ポテトは日本のジャガイモよりも粘り気がある種類だった。

マクドナルドの英語とアラビア語の併記がおもしろい。日本じゃカタカナで「マクドナルド」と並べて書いたりしない。「マクドナルド ドライブスルー」はあるみたいだけど。

Dsc01039新市街にあるバスターミナルへ、エッサウィラ行のバスチケットを購入に行く。途中はどこまでもさえぎるものがない空。こういう空を見ていると気持ちまで開放的になってくる。





Imgp0729 力持ちのロバ。








Imgp0706 切符を購入した後、旧市街へ戻る。スークを抜けて奥に進むと住宅地。







Imgp0702 この先はどこにつながっているんだろう?そんなことを考えながら歩いていると迷う。









Imgp0708  ちょっとした広場。ロバにオレンジや野菜を運ばせて、売っていた。写っている人はこちらの女性の一般的な服装。






Imgp0742 朝、パンとスープを売るおじさん。スープはニンニクがきいていておいしかったらしい。マラケシュにいる間、奥の食料品店で朝ごはんを食べた。アボガドジュース、牛乳、ヨーグルト、ゆで卵(塩、コショウをつけて食べる)、アラビアパン、甘いパン、パイにカスタードクリームをはさんでアイシングをかけたケーキなど。

夜、宿の近くを歩いていると、「すし屋に行かない?友達が働いてるんだ。」と男の子に声をかけられた。マラケシュにおすし屋があるの?!お店のカードを見せてくれたけど、一緒に行くのはちょっと。でも行ってみたかったなー。

Imgp0737 夜のミナレット。光が美しい。この後、夜の屋台へ繰り出した。タジン、オリーブの実、パスティラを食べる。パスティラはひき肉をパイ皮で包んで焼き、粉砂糖とシナモンをふりかけたもの。肉料理のジューシーさと砂糖の甘さの加減が絶妙だった。苦手な人はたぶん苦手だと思う。別の日には、エスカルゴのスパイス煮を試した。見た目はエグイけど、食べるとスパイシーでおいしい。珍しさに気をとられて、写真を撮り忘れた。おもしろいものに出会うと、写真よりも楽しむことが優先してしまう。

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2006年6月30日 (金)

旅物語18 マドラサの小窓(モロッコ・マラケシュ)

Imgp0661 2005年12月27日。ジャマ・エル・フナ広場からホテルまで迷わず帰れるようになった。徒歩2、3分の距離なのに。

マラケシュ博物館へ行く。19世紀後半に建てられた宮殿を現在は、美術館として利用している。とてもきれいで細かいモザイクで飾られおり、優雅な気分に一時、浸る。水の流れる音と観光客の話し声がする。ひんやりと涼しい。




Dsc01025こんなきれいな元宮殿を美術館として使用するのはとても贅沢に思う。作品と建物の両方を楽しめるから。いくら隅々まで見ても見たりない。写真はモロッコ現代アート作品のひとつ。




Dsc01022 大広間。








Imgp0665 大広間に続く小部屋から見たところ。こういう小部屋をたどっていくとハマム(こちらを参照。入り方は大体同じ。「旅物語5 ハマムの入り方」)にたどり着いた。使われていないはずなのに、空気に湿気をおびていて、壁もじとっとしている。







Dsc00718 ベン・ユーセフ・マドラサへ向かう。ガイドブックによると、ここは16世紀に建てられた神学校で1956年まで使われていたということだ。マグレブ諸国の中でも特に大規模なマドラサ(学校)で、この時代の建築技術の粋を集めたイスラム建築の最高傑作、とあったので期待に胸を膨らませて訪れた。


Dsc01028 中庭。四方が写真のような壁に囲まれている。装飾を施されいない箇所なんてない。壁面の茶色い部分は木造、白っぽいところは漆喰で壁面下部のカラフルなのはタイルを張り合わせたモザイク、床は大理石だ。びっしりと文様で埋め尽くされている。



Imgp0686_1 壁面を横から見たところ。2階小窓の奥が部屋になっている。部屋は比較的小さく、天井も低い。その小さな部屋で学生たちは寝起きしていたらしい。








Imgp0693 近くでガイドを従えた一団が見物している。便乗して私もガイドの説明に耳を傾けるが英語なので何を言っているのかほとんど分からない。








Imgp0690 壁面の拡大写真。修復を重ねて現在の状態が保たれているということだった。(通訳:友人)

これ、全部彫ったんだ。

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2006年6月23日 (金)

旅物語17 スークの猫(モロッコ・マラケシュ)

Imgp0657 2005年12月26日。スークは道が入り組んでいて、迷う。記憶を頼りに戻るが知らないところへ出る。そんなスークの人気のない細い路地には猫がいる。

スークとは、ショッピングエリア一帯のことだ。香辛料、装飾品、衣料、食品、革製品、家具などが販売されている。ここに行けば生活に必要なものは何でもそろう。細い路地が網の目のように連なっており、観光客はたいてい迷う。

日が暮れだすと、いっせいに店じまいが始まる。あっという間に、人気がなくなる。戻れなくなったので、現地の男の子に広場まで案内してもらった。

おかげで無事にジャマ・エル・フナ広場に戻れた。すでに、ケバブ、ハリラ(スープ)、オレンジジュース、ドライフルーツ、魚の揚げ物、エスカルゴの煮込みなどの屋台が出ている。ヘンナを描く女性たちやダンサーなどの大道芸人もいる。

Dsc01008 今日の夕飯は、最も日本で食べられそうにないものにした。羊の頭部を蒸したり、煮たりして食べやすいサイズに切ったものの盛り合わせ。頬の肉、タンなどに脳ミソも添えられている。これにアラビアパンがつく。脳ミソを思い切って口に運んだ。舌触りは滑らかで味もマイルド。食べやすいといえば食べやすいが1回きりでいい。これを食べるのは精神的に疲れる。それ以外は一応、食べられた。グロいので写真は小さく掲載しました。左の写真をクリックすると別窓で拡大されて開きます。詳細を見たい方はどうぞ。

食事を終えてから、別のスークへ行く。ここは夜でも昼と変わらないくらいの賑わいだ。ジュラバ、サンダル、お土産品、アクセサリー、金属製品などが並んでいる。2階建てになっている。それぞれのお店は人一人がやっと通れる位の通路しかなく、その両側に商品が隙間なく並べられている。見ていると、「ジャパニーズ?」、「コンニチハ」と声をかけられ、商品の説明が始まる。しばらく歩くとまた迷った。

Imgp0650 バイクにまたぐ少年。








Imgp0648 手前はお土産を売る少年たち。奥にあるのはオレンジの生絞りを飲ませてくれる屋台。左上の建物の屋上はレストランになっており、広場が一望できる。





Dsc01012

クトゥビアの名前で親しまれているミナレット(塔)。これを目印にして、方角を知る。自分たちが行くべき方角を知っても、スークにいると戻ることは困難。それはそれで楽しいのだけれど。

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2006年6月17日 (土)

旅物語16 とうとうモロッコ(モロッコ・カサブランカ)

Dsc01006 12月25日。飛行機を降り立った時、冬の割に暖かい風を顔に感じた。そうか、ここはアフリカなんだ。とうとうやってきたんだ。

空港からカサブランカの市内まで電車で移動した。アラブの模様が描かれた駅舎、流れているアラブの音楽、ジュラバ(フードがついたすとんとした形の長衣)を着た人々。よりその国の特色が濃厚な場所へ来た。

電車の中で少年と目が合う。目をそらしても大きな目を丸くしてこちらをまじまじと見ている。そんなにアジア人が珍しい?

線路脇には柵があるわけではなく、すぐそばで子供たちが遊んでいる。時々サボテン畑と家がある。背の低い草が生え、土が露出している部分がある。その先は何にもない。地平線が見えるだけだ。視界をさえぎるものがないので空も広い。

カサ・ヴォワジャー駅からガイドブックを頼りに目指すホテルまで歩く。大通り沿いには背の高いなつめやしの木が植えられている。ホテルで部屋を見せてもらう。よさそうなのでそこにした。部屋に入り、ほっと一息つく。上の写真はそのホテルからの眺め。

Dsc01005 夕飯を食べに、近くのレストランへ行く。そこでは鶏の丸焼きを出してくれる。専用の機械があり、5、6羽ずつ串に刺してその機械にセットすると自動で回転する。下にしたたり落ちた旨みを時々人が鶏にかける。それを1/4ずつ注文した。それにパン、サラダとお水。

写真右のお皿がそのしたたり落ちた旨み。オリーブが入っている。サラダの材料はキャベツ、ビーツ、トマトでその下にご飯がありマヨネーズがかかっている。ご飯をサラダの具材として食べるのもおいしい。

明日の支度をして、早めに横になる。自分が寝ているすぐ下で何か小さいものがうごめいている。友人に尋ねると同じだという。ダニか、しらみか??このベッド、人がたくさん寝たようなにおいがする。今後、ホテルの部屋を決める時に確認する項目が一つ増えた。

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2006年6月11日 (日)

旅物語15 ムール貝のピラフ詰め(トルコ・イスタンブール)

Dsc01001 2005年12月24日。3、4日しか過していないのにイスタンブールが懐かしい。

交通の便がよいため、以前泊まったホテルへ行く。今回も女性だけの部屋にしてもらいたいのだが。しかし、相手は強気だった。ミックスドミしか空いていないと言う。

これ以上、ホテル探しに手間取って観光の時間が減るのは避けたかったので、妥協する。部屋に入ると、その人と思われる男性が一人寝ていた。物音で目が覚めたみたい。

あれ。ブルガリアで同じホテルだった人だ。「また会いましたね。」とお互いにあいさつ。知っている人で良かった。

Dsc01002 グランドバザールへ向かう。多くの小さいお店が集まっている屋内市場。通路が入り組んでいて迷路みたい。ランプ、ラクダの皮で作った影絵の人形、アクセサリー、チェスセット、食品などさまざまなものが売られている。

日本語の達者な人が多い。「こんにちは。」は当たり前だし、「ミヤサコです!」とか「見るだけならタダ。」、「持ってけドロボー!」と声をかけてくる人たちもいる。とにかくいろいろ話しかけられた。

食料品店に行くとお菓子やドライフルーツと一緒にさまざまなスパイスが並んでいる。見たことがないスパイスもあり、いいにおいだ。キャビアとからすみを売っているお店もあった。

バザールを抜けて歩いていると、直径80cmぐらいのふちのある大きな天板にムール貝を並べて売っている人がいる。これが途中知り合った日本人に話を聞いたミデェ・ドルマス(ムール貝のピラフ詰め)か。その場でおじさんに閉じた貝をナイフで開いてもらい、レモンを絞ってもらって食べる。3個で1リラだった。すっごいおいしい!さめているのにこんなにおいしいなんて!またイスタンブールに行ったときに食べたいもののひとつだ。

ホテルに戻ると、宿泊客たちで集まってクリスマス・パーティーをやるという。私たちも参加して楽しんだ。明日はいよいよモロッコへ移動。朝が早いので先に休んだ。

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2006年6月 6日 (火)

何カ国訪れたことがありますか?


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訪れたことがある国は2%でした。

北朝鮮も赤くなっているのは、韓国で北朝鮮との国境に行くツアーに参加した時、国境をまたいで建っている建物に入ると、中央に赤い線があり、そこが国境とのことでした。建物の中であれば赤い線を超えることができたので、一応、足を踏み入れたということでw

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2006年6月 3日 (土)

旅物語14 クリスマスツリー(ブルガリア・ソフィア)

Dsc00970 2005年12月22日。ブルガリア到着後、4日目に初外出する。今後は風邪をひかないようにもっと気をつけなければ。

それにしても、こういう建物を見ると(ヨーロッパに来たんだな)と思う。街並を楽しみながら、アレクサンダル・ネフスキー寺院へ向かう。数日前に降った雪が残っていて、足元がおぼつかない。上ばかり見ていると転んでしまう。




Imgp0575ガイドブックによると、アレクサンダル・ネフスキー寺院はバルカン半島最大であり、最も美しいとのこと。行ってみると、きらびやかで細工の細かい祭壇がある。壁は天井も含め、絵画で埋め尽くされている。そして、胸元で手を組み、真剣にお祈りをささげている人がいる。

夜、バレエを観るために、国立文化宮殿へ行く。演目は「眠りの森の美女」。料金は5レバ(約350円)だった。円が強いからだが、日本ではありえない価格だ。衣装や舞台装置が淡い色調で統一されており、かわいらしい。

Dsc00979帰りにクリスマスツリーを見る。トルコで会った日本人の大学生にこのツリーの写真を見せられて、俄然、ブルガリアに行きたくなった。いや、むしろこのツリーを見るためにここまで来たようなものだ。右の赤いボトルには「Coca Cola」と入っている。どうやらスポンサーのようだ。



Imgp0592 ワインを量り売りしている。










Imgp0593

色鮮やかな路面電車(トラム)。

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2006年5月28日 (日)

旅物語13 列車の屋根に上がる人達(トルコ・イスタン→ブルガリア・ソフィア)

2005年12月18日。体調が思わしくない。一日中、寝込む。友人が食事を持ってきてくれた。ありがたい。

ブルガリアの首都ソフィア行の夜行列車に乗るため、スィルケジ駅に向かう。到着すると駅の構内は真っ暗。停電のようだ。

私達が乗ったのは3人用のコンパートメント。洗面台があり、温水も出る。暖房が、なかなか暖かくならないので背中にホッカイロを貼って寝る。

夜中、2時頃だろうか。列車が止まり、起こされる。パスポート・チェック。出入国審査官のいる建物に移動し、ひとりずつ並んで出国のスタンプを押してもらう。免税店がありタバコとお酒が売られていた。しばらく列車が動くとまた止まった。今度は、ブルガリアの入国審査。管理官が一部屋ずつまわってパスポートを集め、入国スタンプを押し、返してくれる。外でガタガタ、音がする。友人が見に行ったところによると、列車にはしごをかけて屋根に上がっているとのこと。ブルガリア側は審査が厳しい。

Dsc00962 目が覚めると外は一面の銀世界。トルコとは打って変わって、寒い国に来たことを実感する。

ネットで調べた現地のホテル、Sofia Backpacker's Innへ向かう。部屋は6人部屋のドミで朝食つき。しかも、ちゃんと暖かくなる暖房がついている。夜中に暑くて目が覚めるくらい。こんなに部屋が暖かかったことは後にも先にもこの時だけだ。

体調が良くならないので、病院に行く。お互いほとんど英語が話せないため、身振り手振りで伝えあう。なんとか診察終了。薬は調剤薬局で購入する。何をどのくらい飲むのか分からず、また薬剤師と身振り手振りで伝えあう。途中、お店にやってきた若い女の子が英語で通訳してくれた。結局、薬ごとに飲む個数と何時間おきに飲むのかを書いてくれた。

そんなこんなでこの日は終了。その後、3日間寝込んでいた。

Dsc00964 写真はコンパートメントにあったプレート。こういう文字がソフィアの町にはあふれていた。

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2006年5月21日 (日)

旅物語12 日本でも有名な曲(トルコ・エディルネ→イスタンブール)

2005年12月16日。朝早くホテルを出てイスタンブール行の長距離バスに乗り込む。イスタンブールに近づくにつれて、だんだん空を覆う雲が少なくなってきたし、暖かくなってきた。

街中のホテルを求めて、ガイドブック片手に歩いていたら、セルチュクで同じホテルだった韓国人の姉弟と会った。以前訪れた土地で会った人に再び会うとなんだかうれしい。

ガイドブックをたよりにあるホテルへ向かう。ミックスドミトリー(男女相部屋)ならあると言う。それは嫌だから、交渉して女性のみのドミにしてもらう。この日は他に誰も泊まらず、8人部屋で私達だけだった。

明日、ブルガリアへ行くため、ネットカフェで現地でのホテル情報や治安について調べる。

2005年12月17日。イスタンブールからブルガリアの首都、ソフィアまでの夜行列車のチケットを購入。

Imgp0547 その後、オルタキョイへ行く。オルタキョイ・ジャミィに入るとちょうど、お祈りの時間だった。その間、観光客は入れないので部屋の外で待つ。部屋の中でお祈りをしているのは男性ばかりだった。ひとり、若い女の子が部屋の外で椅子に座り、両手のひらを上に向け、お祈りをしている様子が印象的だった。

写真はジャミィのシャンデリアを下から見上げたもの。ここの装飾(と言っていいのかな?)はヨーロッパ的。

お昼はギョズレメを食べる。大きなもちもちしたクレープにチーズがたっぷり入っており、熱々でおいしい。これひとつでお昼には十分なくらいボリュームがあった。

歩いていると、スターバックスを見つけた。コーヒーなどのメニューは日本と同じだが、ショーケースに並んでいるスイーツはチョコレートを使用したものが多かった。さすがトルコ。トルコ人はチョコレートがお好き。価格も日本と変わらず。日本より物価の安いこちらでは高額商品。

Dsc00955 次は新市街にある軍事博物館へ行く。その名のとおり、トルコの軍事に関する博物館で、それぞれの時代のよろいや武器、外国からの贈り物が展示れされている。私達のお目当てはそれらではなく、中庭で行なわれる軍楽隊による演奏。戦意を高揚させる役割があったらしい。1曲、日本でも聞いたことがある曲があった。日本でも知られている曲を思わぬ形で聴くことができて、ひとり心の中で盛り上がった。この曲を聴けただけでも、ここに来てよかった。

『古い陸軍行進曲「ジェッディン・デデン」(祖先も祖父も)』という曲でリンク先から視聴できます。4枚目のアルバム『トルコの軍楽』1曲目です。

帰りにセブンイレブンがあったので入ってみる。2階吹き抜けになっており、上の階には飲食スペースが設けられていた。それほどスーパーで買い物はしていないので、価格の上下は分からないが、コンビニだし、高級ホテルの隣にあるし、それなりに高いのだろうと勝手に思う。ナツメヤシの実も売られていた。

だんだん暗くなってきた。薄暗い中、歩いていると甲高く「ビビ」と何かが鳴った。顔を上げると日本で言うなら白バイくらいの大きなバイクに乗った警察官と目が合い、深くうなずいてくれた。こういう警察官がいるととても安心できる。

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2006年5月14日 (日)

旅物語11 モスク巡り(トルコ・エディルネ)

2005年12月15日。宿で学生と偽り、現地の人と同じ料金に値引きしてもらう。朝食を近くのロカンタ(大衆食堂)で取る。肉と野菜の煮物を注文する。どれも味がしみこんでいておいしい。

バスに乗り「医学博物館」へ行く。オスマントルコ(1299~1922)の時代に行なわれていた音楽療法を等身大の人形(10体)を使って説明している。楽士が奏でる音楽と噴水の水音で行なうセラピーだったようだ。他に、薬草や江戸時代の妊婦の絵、当時使用された医療器具、ホメオパシーの資料などが展示されていた。

ホメオパシーとは、ある症状を持つ患者に、もし健康な人間に与えたら、その症状と似た症状を起こす物質をきわめてごく薄く薄めてわずかだけ与えることによって、症状を軽減したり治したりしようとする療法のことである。(ウィキペディアより引用)症状を抑圧するのではなく、症状を出し切れるように後押しします。(ホメオパシー ジャパンより引用)

Imgp0527_1 Dsc00933Imgp0534_1 エディルネの町へ戻り、モスク巡りをする。左上の写真はセリミエ・ジャミィの丸天井。どのジャミィもとても素敵。あまりの美しさに言葉もない。精巧で精緻。ずっと眺めていたかった。時々、お祈りしている人がいる。そういう人たちの姿を見て、ああ、ここは寺院なんだ、と実感する。神聖な場所なんだ、と思う。





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途中、お菓子屋に入る。シェケルパーレ(はちみつ漬けの焼き菓子)と直径が約10cm、厚さ2cmのジャムサンドクッキーを食べる。さくさくして、すっっごいおいしい!日本では食べられないおいしさ。手作りの良さを残しつつ、プロが作ったようなお菓子。あまりにもおいしそうなお菓子が並んでいたので、写真を撮らせてもらった。チョコレートケーキが多く並んでいるのが印象的だった。ピスタチオも多用されている。トルコでは、チョコレートとピスタチオの組み合わせが好まれるみたい。

Imgp0537 だんだん暗くなってきた。通り沿いにあった気温計は0℃と表示されていた。トルコを旅してきた中で、最も寒い。狭い路地をぶらぶらしていると、靴を修理するお店に通りかかった。作業を外から見ていたら、手招きしてくれた。中に入れていただく。2畳にも満たないスペースにミシン1台と長椅子、戸棚、そして、修理を待っている靴が山のように積み上げられていた。親子2代でやっているみたい。写真は破れたスニーカーを縫っているところ。10分か15分、見せてもらっていただろうか。その間ずっと彼はもくもくとミシンを踏んでいた。こういうお店が軒を連ねて何軒もあった。

夕飯は朝とは別のロカンタへ行く。気のよさそうなおじさんで、それぞれ頼んだ料理をかなりの大盛りで出してくれた。お腹いっぱい。

エディルネは一泊のみ。日程の都合上、明日の朝イスタンブールに戻る。エディルネは、観光客に親切な人が多かった。自分達の町の良さ、国の良さを知ってもらいたい。多くの人がそう思って私達に接してくれたように思った。

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2006年5月 6日 (土)

旅物語10 バスにおいてかれました。(トルコ・セルチュク→エディルネ)

2005年12月14日。夜行バスでセルチュクからエディルネへ移動。

トルコのバスはどこもそうなのだが、車内サービスが充実している。乗ってしばらくしたら飲み物が配られる。たいてい水かコーヒーか紅茶か選ぶことができる。中にはこれに加えてコーラを出してくれるところもあった。トルコ産のコーラだったので、ためしに飲んでみた。コカ・コーラに近い味。それと、カップケーキやバターケーキが出る。

その後、コロンのサービス。手を差し出してたっぷりコロンをかけてもらう。昔はやった、におい玉のレモンと同じ香りがした。

車種はベンツや三菱が多かった。

しばらく行くと、大きな駅の前で止まった。バスの前でなにやら大騒ぎしている人たちがいる。(なんだろう?有名人でもいるのかな?)と思って、外を見るがよくわからない。そういうグループがいくつかあった。

バスが出発すると乗用車2、3台で追いかけてきて、箱乗りをしてバスの中の人に手を振っている。ものすごい見送り方だ。熱烈だなぁ。あまりにも熱烈に手を振ってしばらくバスの横を走っていたので見ていると、後ろの席に座っていた見送られていた人たちが、5分か10分くらい英語で説明をしてくれた。しかし、分かったのは「トラディショナル」という部分だけだった。言葉の壁は厚い。

夜が深まるにつれてだんだん乗客が少なくなってきた。大きな駅に着いた。休憩のようだったので、降りてみる。はっとバスの方を振り返るとバスがいない。

ひえええーーーーー!!バスが動いてるーーーーー!!!

「待ってーーーー!!」

2人で必死でバスを追いかけ、大声で叫ぶが届かない。雨の中、そのうち2人して道路わきの溝にはまり靴が中までぬれてしまった。そして、同じようにおいていかれてしまったトルコ人が1人いる。その人は携帯電話でどこかへ電話している。すると、前方でバスが止まった。

「助かったーー。」

あわててバスへ走り寄る。バスの扉が開き、サービスマンの人にトルコ語で何を言っているのか分からないが怒られた。

乗り遅れたトルコ人と「よかったね。」と顔を見合わせた。バスに乗って安心すると、なぜか笑えてきた。2人で声を押し殺して笑いあった。人に迷惑をかけたので不謹慎だけど、止まらなかった。

夜中にバスがゆれだした。ダーダネルス海峡を渡る船に乗ったらしい。友達がバスの外へ見物に出かけた。私も行きたいが、眠くてどうしても起きられない。意外に小さな船で、トラックなども乗っていたということだった。ようやく起きて、外に出たいとバスの運転手に言ったが、もう少しで着くと言われて、前方を指差される。あ、ほんとだ。波と向こう岸が見える。バスから波が見えるなんてふしぎな感じ。

外が明るくなってきた。7時ごろ、サービスマンの人が私達にお菓子と紅茶を出してくれた。夕べの大変だったことを思い出しつつ、一息つく。

朝8時ごろ、ブルガリアとの国境の町、エディルネに到着。すっごい寒い。雨が降っている。私達はエディルネ観光を楽しみに、バスターミナルから市街地へ向かうバスに乗り込んだ。

Dsc00798 バスからの風景。

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2006年4月30日 (日)

旅物語9 遺物を売ってるお兄さん(トルコ・エフェス遺跡)

2005年12月14日。エフェス遺跡(古代ローマ時代の中でも主に1-4世紀の建造物が残っているようだ。)へ行く。

Dsc00870 入ると遠くの方まで遺跡。昔のままの道を歩いていると自分がその時代にタイムスリップしたような気分になる。

遺跡を上から見たかったので、遺跡の裏山へ入っていった。木が生い茂っていて道なき道を行く。けもの道みたい。途中、現地の女性に会う。"Hello."と声をかけてくれた。"Hello."と返す。またしばらく行くと、今度は30代ぐらいの男性にあった。「ここはトルコ人しか入ってはいけないんだよ。」(やっぱり。。)「あなたは何をしているのですか?」「マッシュルームを取っているんだ。」といって、日本では考えられないくらい大きなマッシュルームを見せてくれた。形や大きさが松茸に似ていた。

おもむろにお兄さんはポケットからエフェスから出土したものだと言って、指輪とコインをいくつか見せてくれた。指輪は金属に裏彫りされたガラス(ぽい)が埋めこまれていた。「はめてみる?」と言われ、はめさせてもらった。私達が大はしゃぎしていると、「このコインは10ドル、このリングは20ドルだ。」と話し始めた。そして、「このリングは本物だ。」と言って、突然、リングのガラスの部分をライターの火であぶりだした。「ほら、本物だろ?」!!驚いた。本当に本物なのであれば、こんなことをして大丈夫なんだろうか?躊躇していると、「他の外国人は買っていくよ。」と言い出した。でもなんかおかしい。本物だったらそんなに安くはないでしょ。あぶったりしないでしょ。

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しばらく行くと山の傾斜を利用して作られた大劇場が見えた。西暦2世紀、トラヤヌス帝の時代にローマ人により作られ、2万5千人の観客を収容したそうだ。一番高いところ(写真左)でお昼にサラミサンドを食べた。風が冷たくて気持ちがいい。猫にサラミをやりながら、遊んだ。右は大劇場を飾っているレリーフ。

Dsc00886 Imgp0491Imgp0492_1大劇場を出て、しばらく行くとケルススの図書館が見えてくる。110-123年頃に建てられたものだということだ。非常に立派。約1900年も昔の建造物がこんなにきれいに残っているなんて鳥肌が立つ。こんな昔のものでもここまできれいに残るものなんだ。圧巻。





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貴族の館跡にあったモザイク。ここもとてもきれいに残っている。かわいらしい。

Imgp0495Photo




アドリアヌス帝を祀るために建設されたアドリアヌス神殿。2世紀のもの。左の写真中央のレリーフはメデューサ。右の写真はその部分を拡大したもの。



Dsc00914坂の途中にあったレリーフ。







Imgp0506 のんびり歩いていると、山の方から羊につけた鈴(大きめのものでガラガラ音がするもの。うーん、伝えるのが難しい。。)の音が聞こえてきた。写真はもうひとつの劇場。最初のものほどは大きくはない。



Imgp0508 ここからエーゲ海沿岸の町クシャダスまでバスで20分。せっかくだから行ってみた。海の向こうはギリシア。ふしぎな気分。

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2006年4月23日 (日)

旅物語8 電車の中の人々(トルコ・パムッカレ→セルチュク)

2005年12月13日。パムッカレからセルチュクへ移動。

まだ夜も明けきらないうちに宿を出る。デニズリ行きのバスを待っている間、とても寒いので、一軒だけ開いていた旅行代理店の中で待たせてもらった。先客に男性がひとりいた。スタッフによるとスペイン人とのこと。これからスペインにも行く予定だったので話を聞かせてもらおうと思い、話しかけたらブラジル人だった。初めてブラジル人と話をした。夕べはドイツ人で今日はブラジル人と会話をした。旅をしているといろいろな国の人に会う。私の普段の生活でそのようなことは滅多にないので、ただ話をしたというだけで感動してしまう。

バスに乗り込むとたくさんの人が乗っている。みんな早起きだなぁ。学生もたくさんいる。ひとりの学生が席を譲ってくれた。ありがとう。付近の交通の拠点となるデニズリに到着。のはず。本当にここがデニズリかどうか分からない。隣に座っていた学生に「デニズリ?」を連呼して尋ねる。通じてないみたい。なんで通じないんだぁ~!2席前に座っていたおじさんが「デニズリ」と言ってうなずいてくれた。あわてて降りる。

Ticket デニズリからセルチュクまで電車に乗った。左はその切符(ポップアップウィンドウの画像はほぼ原寸大)。朝早いのでほとんど人がいない。2人がけのシートが向かい合わせになる形で配置されている。人がいないこともあり、2人で4人分の座席を占領(笑)快適。窓の外を見るとだんだん緑が増えてきて、オレンジやレモンの畑も見えてきた。こんなにみずみずしい緑を見るのは久しぶりだ。日本で緑のある風景に見慣れているせいか、緑を見るとほっとした。

Dsc00860_1 窓越しの太陽があまりにも暖かかったので不覚にも2人して爆睡してしまった。たぶん5分か10分くらい。トルコの電車の中では寝ないというのを鉄則にしていた。私達と同じような状況で寝てしまって起きたらバックパックがなくなっていたというトルコ旅行記を読んだから。乗客が増えてきたので、荷物を通路脇に寄せた。空いている席から埋まっていったが、誰も座ってこない。最後には私達のところだけがあいている。車両の入り口から若い女の子たちがこちらを見てはにかんでいる。

夕方近くにセルチュクに到着。宿を取ってから、次の目的地、トロイ遺跡への拠点となるチャナッカレへ行くバスの切符を取りに行った。3時間(確か)かかって価格は100リラ(約9000円)。なんでそんなに高いんだ。チャナッカレより遠いイスタンブール行きが10時間27リラ(約2430円)なのに。行く人が少ないからという話だったが、それにしても高い!

子供の頃、シュリーマンの自伝を読んでトロイ遺跡に憧れの気持ちを抱いていた。出発前から行くことを楽しみにしてたのに。目の前にあるのに、行くことができないのか。旅の途中で会った日本人に「トロイ遺跡に行く。」と言うと「なんであんなところに行くの?」と不思議がられ、カッパドキアで会った実際にトロイを訪れた大学生には、「世界3大がっかりのひとつ。ちなみにあと2つはシンガポールのマーライオンとオーストラリアのオペラハウス。」と言われた。同行の友人も反対気味。行けないとなると余計行きたくなる。

貧乏旅行の私達に選択の余地はない。しぶしぶ第2候補であるエディルネへ行くことに同意した。こちらは9時間(だったと思う)で35リラ(約3150円)だった。絶対、将来、行ってやる。うう。泣けてくる。しかし、エディルネ行きのバスは途中、ダーダネルス海峡をバスごと船に乗り、渡るという。それだけが楽しみ。唯一の救い。でもやっぱり、泣けてくる。

Dsc00865 気を取り直して、エフェス考古学博物館へ。すごーい。エフェス遺跡から出土した古代ギリシャ時代の大理石製の胸像やレリーフが展示してある。扉が閉まっていて近くで見られなかったが、「イルカに乗るエロス像」が展示されていた。手塚治原作の「海のトリトン」を思い起こさせる。エロスがイルカに乗り、左手で背びれをつかみ、右手を上げている。友人を待たせて見入ってしまった。写真は街中にある遺跡。

明日はいよいよトルコハイライトのひとつ、エフェス遺跡へ行く。楽しみだ。

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2006年4月16日 (日)

旅物語7 シーシャな夜(トルコ・パムッカレ)

2005年12月12日。パムッカレ着。何軒か宿を見た後、一軒の宿に決める。決めた後、宿の人に営業をかけられる。

「マッドバスに行くツアーがあるから参加しないか。」
2人で相談して「ちょっと高いよね。」という結論に至る。しつこかったので「日本にもある。」言ったら会話が止まった。

「どこに?」
「南の方」
「高いだろ。」
「まあまあ」


Dsc00843 お目当ての石灰棚へ。一面真っ白。まぶしくてスキー場に着たみたい。石灰を含んだ温泉が湧き出し、その石灰成分が沈殿してできたらしい。本来であれば、写真中央部分の棚に温泉が流れているのだが、周辺の開発により湯量が減少してるため、夏しか流さないとのこと。残念。上部に見えるのは古代ローマ時代の城壁跡。このあたりはこういう遺跡がごろごろしている。

Imgp0472

本来の姿。一部分だけ流れていた。→







Ta11 夜、シーシャ(水タバコ)を楽しめるレストランへ行く。味付きのごく軽いタバコ。私達がすったのはリンゴ味だった。左写真下部の丸い部分に水がためてあり、パイプに口をつけて吸うとボコボコ音がして、煙が口の中にやってくる。(写真は他のサイトから持ってきたものです。)あとからドイツ人の団体客がやってきた。彼らは1週間3食付のツアー、飛行機使用で約18,000円ということだった。ほんとに?びっくり。激安。聞かれたので、私達の往復チケット代を言ったら驚くと同時に複雑な表情を浮かべていた。私達も複雑な気持ちだ。

帰り際、「Happy merry christmas.」と言ってくれた。そっか、もうすぐクリスマスなんだ。初めてこのせりふを言われた。うれしい。

部屋に戻りベッドにひっくり返っていたら、なんかこの部屋ひし形じゃない?という話になった。しかもいびつなひし形。床も坂になってる。使えれば良いという考え方なのかな。確かに、重大な支障をきたしていないのであれば建て替える必要はない。

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2006年4月 2日 (日)

旅物語6 奇岩城?!(トルコ・カッパドキア)

Dsc00833 2005年12月9日。カッパドキア到着。ここは木がほとんど生えてなく、岩山ばかりが目立つ地域。人々はそうした岩山に穴を掘って住んでいた。そして、ここでは洞窟ホテルに泊まることができる。私達もある洞窟ホテルに宿泊した。左の写真は私が2泊した洞窟部屋。数年前まで実際に住居として使われていたという。




Etukeshitaeこの日の夕飯は宿のお兄さんと私達でトルコ風ピザを食べた。彼はこのホテルで生まれ、スタッフとして働く傍ら、この地方のお土産として有名な焼き物の絵付けも行っているらしい。その絵をメモ帳に描いてくれた。ほとんどフリーハンドでどんどん描いていく。お兄さん、ありがとう。


Imgp0423_1

2005年12月10日。観光ツアーに参加。楽しみにしていたデリンクユの地下都市へ。ここは地下7階まで階層があり、網の目のように地下の部屋と部屋をつないでいる。通路は人一人がかがんでやっと通れる程度。掘った溝が残る岩壁はひんやりと冷たい。部屋に出れば広々としているが天井に頭がつかえる部屋があり、昔の人はそれほど背が高くなかったのではないかと思った。

左はパシャバー地区の写真。夕日とともに。

Dsc00832_1夕飯は名物の壷焼きケバブにした。素焼きのつぼに材料を入れて火にかけた後、つぼの上の部分をかなづちで割って出してくれる。トマトと一緒に煮込んだお肉がおいしい。つけ合わせに生のししとうが時々出てくる。辛くて食べられない。ご飯はこちらではサラダの具材。

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2006年3月31日 (金)

旅物語5 ハマムの入り方(トルコ・サフランボル)

Dsc00787_12005年12月8日。バストンジュという日本人宿の宿泊した私達は同じく泊まっていた他の日本人達とサフランボルを一緒に観光することになった。サフランボルは町全体が世界遺産に登録されていて、おとぎ話の世界に迷い込んだみたいだった。職人街もあり、人々の生活の様子を見ることができる。

サフランボルの家々は同じように見えるが、よく見てみるとその家ごとに少しずつ違う。外壁に模様が描かれていたり、窓につけられた格子の形が少しずつ異なっていたりする。そういうものを見ているだけで楽しめる。

小学校に差し掛かると、鮮やかな空色の制服を着た子供達が私達を見た瞬間、走りよってきて「フォト!フォト!」とおねだりをする。デジカメで撮り、撮った写真を子供達に見せるととても喜んでいた。

トルコは町ごとに個性がある。イスタンブール→アンカラ→サフランボルと来て、どの町もまったく異なる町並みだし、雰囲気だ。

Imgp0389 前日の夜、宿の女主人ヤスミンさんにハマムに連れて行ってもらった。ハマムとは蒸し風呂形式の共同浴場のこと。最初に個室になっている脱衣所で着替える(私達はビキニを着ましたが現地の人は下だけみたい)。蒸気で蒸されている部屋でひたすらお湯を体にかける。ここではシャンプーや石鹸を使ってはいけない。あかすり前だと滑ってあかすりができなくなるため。のぼせてきたら同じ室内にある大理石の台の上で横になって休憩。この繰り返し。あかすり前におばさんが使うあかすりタオルを自分が持っている石鹸で洗ってもらう。これは現地の人もやることらしい。あかすりが終わったら、体と頭を洗ってもOK。ここまでで2時間から2時間半かかり、ほとんどの時間をお湯浴びに費やした。右写真の手前、白い煙突と半円形の屋根のある部分がハマム。

次の日、鏡を見たら肌が変わってる!まるで4、5歳若返ったみたい。しかも、痛かった腰がよくなっている。ヤスミンさんに話したらベビースキン、と言っていた。だから、こっちの女の人は肌がキレイなのか。

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2006年3月23日 (木)

旅物語4 すばらしい眺め(トルコ・アンカラ)

Dsc00727_1 12月5日朝、アンカラへ着く。イスタンとはうって変わって街の雰囲気が重々しい。駅の建物も黒っぽく無機質。享楽的な感じもなく、スーツを着て足早に過ぎる人がいる。トルコの首都で政治の中心だからか。イスタンとアンカラ、同じ国なのにあまりにも違う。

宿をとってから、アンカラ城へ向かった。ひたすら歩く、歩く、歩く。頂上付近まで来た。でも全然頂上に着かない。目の前にあるのに上り口が分からない。この先どう行けば着くんだ。人にきいても教えてくれるけど、方向しかわからない。道が入り組んでるし、案内板もない。ツアー客に出会ったので、その人たちの後をつけてみたりしたけど、もと来た道に戻ってしまった。どうやら見物が終了した後だったみたい。

Dsc00731 そんなこんなで宿を出てから頂上に到着するまで3時間くらいかかった。せっかく来たんだし、上がりたい。

やっと到着。よかった~。左の写真はその頂上からの写真。ずいぶん上まで来たな。地上に雲の陰が映ってるよ。風も涼しい。家が地面に張り付いているみたい。上からだととても小さく見える。しばらく風景を楽しんだ。

友達「ここでお昼を食べたら最高だろうね。」
私「あー、そうだね。持ってくれば良かったね。」

おなかがすいたので下りることにした。下りきって、バスを探していると現地の人に話しかけられた。彼はアンカラ大学で日本語を勉強しているので、日本人と話がしたいとのことだった。15分位でバス停に着いた。彼は私達が乗るバスを教えてくれ、他の乗客に私達が下りるバス停が近くなったら教えてやってくれと頼んでくれた。親切な人だった。

夕飯は鶏の丸焼きを1/4ずつとピラウ(ピラフ)を食べる。(うちらは少食。)それと、トルコで食事をすると必ずついてくるエキメッキ。

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2006年3月12日 (日)

旅物語3 釣りをするおじさん(トルコ・イスタンブール)

Dsc0071212月4日

お昼に鯖サンドを食べる。焼いた鯖を野菜と一緒にエキメッキにはさんだシンプルなもの。エキメッキは世界一おいしいといわれているトルコの伝統的なパン。外はパリッと中はもちもちで何もつけないで食べてもおいしい。

ガラタ橋の1階部分に鯖サンドを売る店やレストラン、カフェが軒を連ねている。この上に車や人が渡る橋がある。その橋にはずらっとおじさんたちが並んで釣りをしていた。

Dsc00711鯖サンドを食べたお店から見た風景。海側に目をやると上にいるおじさんたちがたらした釣り糸が見える。時々、魚が吊り上げられている。

フェリーは付近の地域間をつなぎ、地元の人たちの足となっている。夜、夜行列車に乗るためにこのフェリーを利用し、対岸のハイダルパシャへ渡る。フェリーの中でもチャイを売っていた。トルコ人はチャイが好き。

Dsc00720食後、ガラタ橋を渡って、新市街にあるガラタ塔へ上る。ものすごく眺めがいい。小さくて見づらいんですが、写真中央にちょこっと飛び出ているものがトプカプ宮殿、丸い屋根がアヤソフィア、その隣のドームがスルタン・アフメット・ジャミィです。

この反対側を見ると、オレンジ色の屋根が連なっていて、宮崎駿の世界みたい。下を見ると猫がたくさんいる。

Dsc00724 今日はこれから、夜行列車に乗って首都のアンカラへ向かう。右の写真はアンカラ行きの始発が出るハイダルパシャ駅構内。薄いピンク色の壁にきれいな装飾が施されている。モスクの丸天井にあれだけきれいな絵を描くお国だから、駅もきれいにしているのかもしれない。イスタンが観光地だから観光客を楽しませるため、ということもあるかもしれないけど。

電車を待っている間、駅構内のレストランに入った。ここの料理にヨーグルトがあったが、そのヨーグルトはフォークですくってこんもり盛り上がるほどしっかりしており、今まで食べたことがないくらい、濃厚な味でおいしかった。トルコは料理がおいしい。友人はカスピ海ヨーグルトみたい、と言っていた。

壁には大きなスクリーンがかかっている。ちょうど皆、サッカーの試合を見ていた。点が入るごとに歓声を上げて喜んでいる。その人たちに背を向ける形で座っていた私は驚き振り向く。

時間がきたので、列車に乗り込む。程なく出発。どんどん中心部を離れ、郊外に抜ける。隣同士ぴったりくっついた家々からスペースをあけて建てられているマンションが多くなり、一軒家の地域へと移っていく。家の形も日本とは違い、珍しいのが面白い。

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2006年3月 7日 (火)

旅物語2 豪奢な生活(トルコ・イスタンブール)

12月3日おいしい朝ごはんを食べて、トプカプ宮殿へ向かった。中は広い、とにかく広い。厨房だった建物で宋から取り寄せた陶磁器などを見た後、お目当ての宝物館へ行く。

水晶でできた水差しや大きい宝石のついた羽飾り、そして大きいエメラルドがついたトプカプの短剣を見る。水晶でできた水差しは自分のこぶしを縦に重ねてひとまわり大きいくらいのものをくりぬいて作られていた。こんなに大きい水晶なんて見たことがない。ダイヤモンドで装飾した剣もあり、あまりの大きさにガラス玉に見えてしまう。美しさにひかれ、隅々まで目に焼き付けたいと思ってショーケースに張り付いていたら、後ろに人が並んでしまった。

宮殿は豪華絢爛で時の権力者の力の大きさを感じさせる。ここが宮殿として機能していた頃は写真中央につるされている香炉にお香が入れられ、辺りにいい香を漂わせていたという。いったいどれだけ豪奢な生活を送っていたのだろう。

次は地下宮殿へ行く。ここは、4-6世紀に作られた貯水槽で、天井からしずくが落ちひんやりしている。幻想的にライトアップされ、トプカプ宮殿とは打って変わって厳かな雰囲気。奥に行くとメドゥーサの首が柱の基礎になっている。貯水槽なのにただ地下に箱を作るのではなく、天井を丸くし、装飾的な柱を立てている。ゆえに、宮殿である。メドゥーサの首も何か意味があるのだろう。

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2006年3月 2日 (木)

『感動!モロッコ紀行天空の大地に生命の営みを見た』

3/4(土) フジテレビ 14:35〜15:50

公式HP

ぜひ。

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旅物語1 初日(トルコ・イスタンブール)

さてさて、これから12月から1月にかけて行ってきた
旅行(48日間、トルコ-ブルガリア-モロッコ)について書いていこうと思います。
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12月2日2時25分に日本を発ち、トルコはイスタンブールに到着したのが
明けて3日の夜7時55分。
時差-7時間。フライト時間は約12時間。
8年ぶり2回目の海外旅行。前回は韓国へ10日間行った。

空港に着くとホテルから出迎えのおじさんが名前を書いたプレートをもって待っていてくれた。まずはほっと一安心。
夜のイスンタンブールの街を抜けて、ホテルへ向かう。途中、ところどころにテオドシウスの城壁が見える。5世紀頃、テオドシウス2世によって作られた城壁らしい。
こんな古いものが街中に残っていることにふしぎさを感じ、(外国へ来たんだ)という感慨にふける。と、3,40分車を走らせたところでホテルに到着。黄色い建物でかわいらしい。

その日はうまく閉めないとはずれてしまうシャワールームの扉に戸惑いつつ、就寝。

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2006年2月28日 (火)

アラブの国々

は以下になります。

・アラブ首長国連邦
・アルジェリア
・イエメン
・イラク
・エジプト
・オマーン
・カタール
・クウェート
・コモロ
・サウジアラビア
・シリア
・ジブチ
・スーダン
・ソマリア
・チュニジア
・バーレーン
・パレスチナ
・モーリタニア
・モロッコ
・ヨルダン
・リビア
・レバノン

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