2006年1月3日。アンチ・アトラスを越えてタフロウトへ到着する。上下左右にぐわんぐわんゆれるバスからやっと開放された。ちなみに、前足、後ろ足を縛られて荷物と一緒にバスの下に入れられていた羊も無事だった様子。
「景色、良かったよー」
「うん、そうだろうと思う。酔い止めが効かないくらいのゆれだったよ」
部屋をとったホテルの裏にある涸れ川で羊が売られていた。あとになって知るのだが、犠牲祭が近いためだ。
町をめぐって、ある旅行代理店に入る。タフロウトでは見所がそれぞれ離れているため、ガイドを雇う予定だった。ここで話がまとまり、ガイド兼ドライバー+4駆でまわることになった。
最初に訪れたのが「タズカ遺跡」だ。2000年前に彫られたガゼルの壁画。近づいてみると、本当に色の薄い部分がくぼんでいる(当たり前だけど)。しかし、1、2ミリのくぼみしかないのに、よく2000年も形をとどめていたな、と思う。もしかしたら、これが残っている最後のひとつなのかもしれない。
次は、アディ村へ行く。ここは、岩山のふもとから中腹に作られたベルベル人の村だ。岩と岩の間に人が住み、時には建材代わりに使い、それこそ岩と共存している。
最初の人たちは、なぜこんな岩ばかりのところに住もうと思ったんだろうか。土の部分を畑として利用したら、ここに住むしかなかったからなんだろうか。だとしたら厳しい生活だ。でも、もしかしたら他の理由があったのかもしれない。
ガイドにこのことについて質問したかったが、なにせ自分の語学力が足りない。う~ん、英語って大事。
大きな岩の上に建てられた家。
最後にアメルン渓谷へ向かう。写真は途中で車をとめてもらって撮ったもの。この木はアルガンツリーで、ここの特産物。車中からカメラをかまえると、気がついて車をとめてくれる。
車をおり、見学するベルベル人の民家まで歩いた。途中、オリーブ畑をぬけ、湧き水でのどを潤す。おいしい水だった。
ベルベル人の民家に着いた。ちょうど担当のお兄さんが民家での暮らしについて説明をしているところだった。右は小麦粉をひくうすで2人で使用するものだそうだ。入り口のすぐ脇にある。1人でまわすには重いうすだった。
その奥は家畜の部屋だ。家畜を1階に置くことにより、体温を利用して、上階の暖房としているそうだ。2階にあがると穀物を保存する部屋と台所がある。台所で出た生ゴミは床の穴に捨てる。すると、ゴミはそのまま家畜のえさになる。うまい具合に循環している。
さらに上がると家族が生活をする部屋がある。
テラスに出ると、ヤマアラシの毛皮があった。中身はどこへ?! 食べたのかな? 驚いてまた写真を撮り忘れた。
戻ると、砂漠ツアーに勧誘された。ここから代理店のおじさんとのあついバトルが始まるのだが、その話は次回『値切りすぎにご用心』に続く。
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